室蘭にも春が訪れた本日、ご来賓ならびに名誉教授の諸先生のご臨席のもと、令和7年度入学宣誓式を行いますことは、室蘭工業大学すべての教職員、学生にとって大きな慶びであります。
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。また長年にわたり勉学の環境を整えられ、本人たちの努力を支えてこられたご家族ならび関係者の方々にも、心から敬意とご祝辞を申し上げます。
本年度入学者は、理工学部学士課程の642名、編入学生44名、大学院博士前期課程224名、博士後期課程11名、合わせて921名の皆さんです。
本年度の理工学部(昼間コース・夜間主コース)4月入学生の皆さんの出身高校から見た道内外の比率については、道外からの入学率が過去最高の43.4%であった一昨年よりは低い31.4%となりましたが、それでも過去数年を通して増加傾向をキープしており、36都道府県という全国各地から入学いただいています。また、学部入学者中の日本人の女子学生の皆さんの人数も、初めて100名(16.1%)に達した一昨年には及びませんが94名(15.2%)と、こちらも過去数年スパンで見ると増加傾向となっております。海外からの留学生は学部に30名、大学院は7名、合わせて37名と、未だコロナ禍直前の50名台と比べるとやや少ない人数となっていますが、在学生も含めた本学の留学生諸君の総数については、この4月で163名となっており、教室に、研究室に、大学のキャンパスのあちこちにグローバルなダイバーシティにあふれた環境を有する大学となっています。
さて本日は、現在本学が取り組んでいる教育改革などについてお伝えするとともに、皆さんが本学在学中にどのようなことを心がけるべきかについて、私からの期待を幾つか述べさせていただきたいと思います。
本学は北海道、室蘭に位置する国立の理工系大学として、北海道の課題解決は、日本のさらには世界の課題の解決につながると考えて、教育改革・大学改革に取り組んでいます。
6年前に工学部から改組した理工学部においては、ICTやAIの本質を理解して使いこなし、ものづくり・価値づくりに貢献できる学生諸君を育てる、理工系大学ならではの理数教育と情報教育を推進しています。全学必修の手厚い情報教育を行うことで、令和3年度からは文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」の認定を得ています。
また、大学院博士前期課程(MC)においても、情報系の共通の必修科目、そしてコースごとにその特徴を活かした情報科目の充実を目指したカリキュラムとなっています。さらに昨年4月には、情報電子工学系専攻内に新たに「共創情報学コース」を開設致しました。このコースは、「色々な専門分野と共に創る情報学」という、コース名が示すコンセプトの通り、情報学が異なる学問分野や専門領域を飛び越えて、様々な専門知識や方法論を組み合わせて昨今の複雑な問題に取り組み、新たなアイディアや解決策を生み出すことのできる学生を育成するコースとして設計されています。そのため、入学者の多くを、必ずしも情報分野に限らない全ての理工学系諸分野学部卒業生と想定しており、またMC修了後の就職先についても、その学生の学部時代の専門教育学修を活かす形で、産業界のすべての分野と考えています。
大学院博士後期課程(DC)においては、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラムの採択を得て、学生諸君の経済的支援や研究支援を大きく充実させています。このプログラムにおいては、分野トップレベルにある本学のコンピュータ科学分野と、建築土木、機械航空、電気電子、物理、化学、生物など様々な科学技術分野との、2つの分野を両輪とした異分野融合型の人材育成を加速させています。
このように、いわば、「専門×情報」という分野融合型の高度な理工系人材の育成は、本学においては、理工学部、大学院博士前期課程(MC)、後期課程(DC)を通じた、一貫した育成方針となっています。
本日、本学に入学された皆さん。ぜひ、このようなシステムのもと、世界で活躍する高度理工系人材の一員として育ってください。
さてここからは、特に初めて大学に足を踏み入れたフレッシュマン・学部新入生の皆さんを念頭に、私からの思いを幾つかお伝えしたいと思います。
申し上げたいことの一つ目は、学修面のことです。
これから始まる大学生活は、ただ自由なだけではなく、これまでの自分から脱皮して、変身した別人格を形成するという重い意味を含んでいます。したがって大学における学修も、ちょっと大げさに言えば、今後の人生を支えるものであり、これからの社会生活を営むための基礎を形成するものであるべきです。単に知識を吸収するのではなく、それらを武器に、自ら成長しなければなりません。そのような思いを込めて、大学では「学修」という二文字も、「学び習う」と書く学習ではなくて、「学び修める」と書いて学修と表記します。先生に習うのではなくて、自分自身で学び修めるわけです。
大学について国が定めたきまりである、大学設置基準には、「1単位分の授業科目には45時間の学修が必要」と定めており、その横に、「講義については15時間の授業で1単位とする」と書いてあります。1時間を実際には45分授業で計算するなど、ちょっといい加減なところは高校と同じですし、科目数を単位でカウントするという考え方も実は高校と共通なのですが、今まで皆さんは殆ど意識したことが無かったかも知れません。
でもここでのポイントは、
「1単位分の授業科目には45時間の学修が必要なくせに、実際には大学ではその1/3の15時間しか授業をしなくてもよい」
としていて、計算が合わない点です。残りの2/3の30時間は何かと言えば、予習や復習の時間です。つまり、「大学生は、授業の2倍の時間を自宅学習するものだ」と法律で決まっているともいえましょう。
実際、私が学生であった頃の、40年前の昔の大学の講義は、完全にこの自学自習の家庭学習時間を前提にしていましたので、「大学の先生が講義で喋ることは、予習抜きで初めて聞いた時にはさっぱりわからん。」と相場が決まっていました。現在では、さすがにそのような講義はほぼ無くなっていて、多くの先生は高校の授業からの接続を意識して講義を行っていますが、もし万が一、幸か不幸か、来週からいきなり良く分からない講義に出くわしてしまったら、カルチャーショックを受ける前にこの話を思い出して、ちょっとだけ気合を入れて、その授業内容を復習してみてください。
繰り返しますが、高校までの勉強がどちらかといえば受け身だったのに対して、大学における学修は、180度そのやり方を転換して、積極的・自主的に、自ら求めて行うものでなければなりません。是非なるべく早い時期に、できれば1年生前期の間に、今までの勉強の仕方からのギアチェンジを行ってください。そしてその後の卒業までの4年間は、知識を身につけるだけではなく、それらをどう使いこなすかについても、……実はその、知識を実際にどう役立てるかというところが理工学の真髄なのですけれども……、色々な体験を通して、数多く学んでいって欲しいと強く思っております。
申し上げたいことの二つ目は、友人についてです。
皆さんは、小学校、中学校、高校などで多くの人と出会ってきたと思います。その中に、これからも末長く付き合っていくであろう、あなたの友人は何人いるでしょうか。大学を卒業して、社会人になってから知り合う人はもっと多いと思いますが、その中で、あなたの友人になる人は、はたして何人いるでしょうか。真の友人、生涯の友人の多くは、利害関係の無い大学生時代の出会いに始まります。振りかえってみますと、私も、今でも毎年やり取りしている約100通の年賀状のうち、だいたい1/3が大学時代からの友人です。
学科コースが同じ、アパートが同じ、バイト先が同じ、いろいろな出会いがあり得ます。サークル活動での出会いもあるでしょう。サークルの仲間は、体育系であれ文化系であれ趣味が同じです。おまけに、生活の場所も、年齢や時代も、大脳皮質の能力までもほぼ同じです。悩んだとき、困ったとき、親身になって相談にのってくれるのが友人です。そんな友人を、是非、大学生活を通じて、獲得してください。
三つ目は、大学院についてです。
理工学部に入学したばかりの時期で、少々気が早すぎると思われるかもかもしれませんが、現在の日本の産業界、特に工学系においては、大学院MC修了者を優先した求人が行われているという実態があります。本日お手元にお届けしている大学院案内パンフレットにもあります通り、内閣府の調査によると、転職せずに勤務し続けた場合、男性は25歳、女性は26歳で学部卒業者と賃金が逆転し、差は拡大します。大学院での学費を考慮しても、大学院卒には学部卒に比べて、生涯賃金収入で5000万円程度の優位性があります。国や大学による学費のサポートシステムも徐々に充実してきておりますので、就職直後の経済状況だけに注目することなく、是非、本学の魅力ある大学院への進学も考慮に入れて頂きたいと思っております。
本日申し上げたいことの四つ目は、……これが最後のひとつですが……、卒業や修了までに、是非、理学と工学の両方のセンスを養ってほしいということです。
皆さんは、理学と工学、あるいは、科学と工学(つまり、サイエンスとエンジニアリング)の違いはなんでしょう?と問われたときに、明確に答えることができますか。工学といっても分野によって幅があるため、一概に言うことは難しい面もありますが、無理やり単純化すると、
「真理を追求するのが理学、実用化して社会の役にたてるのが工学」
と、まとめられるかもしれません。
理学というと、物理学・数学・天文学・化学・生物学のように、それを何かに利用しようというよりも、まずは未知への探求とか原理原則の追求がその根幹にあります。アカデミックな学者の本能というやつですね。もちろん、その結果得られたものが、世の中の役に立つことも少なくありませんし、それが理学の発展の原動力にもなります。また、目先の差し迫ったことだけではなく、長い先を見据えた優れた研究も多く行われています。皆さんが高校で学んできた理科や数学、さらに大学でこれから最初に学ぶ基礎的な科目は、このような先人達が集大成したものです。大学の理学部では、それをさらに発展・先鋭化させ追求することに主眼が置かれます。
それに対して工学では、直接私たちの生活の役に立つ「もの」を実現するための学問を追求します。と言っても、基礎的なものから応用的なものまで、工学も幅が広いので、基礎的な分野では理学とほとんど違いが無い場合もあります。また「もの」と言っても、必ずしもハードウェアとは限らず、最近はソフトウェアも増えています。しかし、理学との違いは、やはり何らかの形で身近なものに関連付けしやすいということがいえるかもしれません。
かつて、2002年頃だったでしょうか、小学校5年生の学習指導要領で、「円周率πを3.14ではなくて、3で計算することもOK」とされたことをめぐって、「ゆとり教育も、とうとうそこまで来たか」、との批判が、世の中の数学者から文部科学省に対して浴びせられたことがありました。でもわれわれ工学系人間の間では、πに3.1415…を代入してまじめに計算するよりも、ざっくり3と近似して計算して、瞬間的に大まかなイメージを掴むことの方が重要な場合が多い!と概ね肯定的な反応でした。工学ではこの様に、大胆に近似してでも、まずは大まかな描像を把握する、いわゆる「オーダーエスティメーション」の手法が必要になる場合がよくあります。
一方、工学には逆の考え方が必要になる場合もあります。例えば、皆さんの良く知っている、プランク定数(h)や電子の電荷量(e)なども、理学の分野では「決まった数、定数だ!」と昔から割り切って扱ってきましたが、ではその値はいくらかというと、その精度はせいぜい8~9ケタ程度です。定数であることは、そう定義したので、間違いないのですが、そのもの凄く正確な値を、実はだれも知らなかったのです。でも実際の世の中ではこの正確な値が必要なので、何年かごとに世界中各国で実験して、その結果のばらつきの中から多数決で、とりあえず何年か毎にある推奨値にしましょうと決めていたのです。工学の分野では、この様な事がよくあります。どんな知識も数式も、そして定数でさえも、世の中の役に立たなければ意味が無い!というわけですね。
なお、さすがに数年ごとに定数の値がコロコロ変わるのは如何なものかということになって、ついに2019年5月に正確な定義定数が取り決められ、現在は、プランク定数がh= 6.62607015×10−34 Js 、電子電荷がe =1.60217634×10-19 C と定義されています。
このように理学と工学には若干の方向性の違いはありますが、それらの成果物である、「知見」や「もの」はいずれも、世の中においては「価値」とみなされるものです。本学理工学部は、社会に対して未来の「価値づくり」をする場でありたいと思っており、今日、新たにそこに加わった皆さんと共に、そのような場としての大学を、ますます発展させてゆきたいと願っているところです。
青春は、人生に二度と繰り返すことはありません。その貴重な時間をフルに使って、一生の宝となる知識や経験とその活かし方を身につけて、後からこの時期を振り返って見て、「室蘭工業大学での時間が素晴らしかったな」と思えるような、大学生活となりますように祈っております。
以上、新入生の皆さんに私からの大学生活での心構えと期待を述べさせていただき、入学宣誓式の告辞とさせていただきます。
令和7年4月4日
室蘭工業大学長 松田瑞史