新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。長年にわたり勉学の環境を整えられ、本人たちの努力を支えてこられたご家族ならび関係者の方々にも、心から敬意とご祝辞を申し上げます。
昨年度までは、新型コロナウイルス感染症対策の影響で、学部と大学院を分けた入学宣誓式を実施しておりましたが、今年度は5年ぶりにやっと、理工学部及び大学院入学の皆さんが一堂に会した入学宣誓式を実施することができ、ご家族をはじめ関係者の皆さんにもこの晴れ舞台にご出席いただけることを、大変嬉しく思います。
本年度入学者は、理工学部学士課程の658名、編入学生46名、大学院博士前期課程236名、博士後期課程8名、合わせて948名の皆さんです。 本年度の理工学部(昼間コース・夜間主コース)4月入学生の皆さんの出身高校から見た道内外の比率については、道外からの入学率が過去最高の43.4%であった昨年よりは低い32%となりましたが、それでも過去数年を通して増加傾向をキープしており、39都道府県という全国各地から入学いただいています。また、学部入学者中の日本人の女子学生の皆さんの人数も、初めて100名(16.1%)に達した昨年には及びませんが89名(13.9%)と、こちらも過去数年スパンで見ると増加傾向となっております。海外からの留学生は学部に21名、大学院は11名、合わせて32名と、未だコロナ禍直前の50名台にはと比べるとやや少ない人数となっていますが、在学生も含めた本学の留学生諸君の総数については、この4月で164名となっており、教室に、研究室に、大学のキャンパスのあちこちにグローバルなダイバーシティにあふれた環境を有する大学となっています。
さて本日は、現在本学が取り組んでいる教育改革などについてお伝えするとともに、皆さんが本学在学中にどのようなことを心がけるべきかについて、私からの期待を幾つか述べさせていただきたいと思います。
本学は北海道、室蘭に位置する国立の理工系大学として、北海道の課題解決は、日本のさらには世界の課題の解決につながると考えて、教育改革・大学改革に取り組んでいます。
5年前に工学部から改組した理工学部においては、ICTやAIの本質を理解して使いこなし、ものづくり・価値づくりに貢献できる学生諸君を育てる、理工系大学ならではの理数教育と情報教育を推進しています。全学必修の手厚い情報教育を行うことで、令和3年度からは文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」の認定を得ています。
また、大学院博士前期課程(MC)においても、情報系の共通の必修科目、そしてコースごとにその特徴を活かした情報科目の充実を目指したカリキュラム改革を行なっています。さらにこの4月からは、情報電子工学系専攻内に新たに「共創情報学コース」を開設致しました。このコースは、「色々な専門分野と共に創る情報学」というコンセプトの通り、情報学が異なる学問分野や専門領域を飛び越えて、様々な専門知識や方法論を組み合わせて昨今の複雑な問題に取り組み、新たなアイディアや解決策を生み出していく学生を育成するコースとして設計されています。そのため、入学者の多くを、必ずしも情報分野に限らない全ての理工学系諸分野学部卒業生と想定しており、またMC修了後の就職先についてもその学生の学部時代の専門教育学修を活かす形で、産業界のすべての分野と想定しています。
大学院博士後期課程(DC)においては、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の次世代研究者挑戦的研究プログラムの採択を得て、学生諸君の経済的支援や研究支援を大きく充実させています。このプログラムの採択は、北海道内では本学と北海道大学のみとなっており、分野トップレベルにある本学のコンピュータ科学分野と、建築土木、機械航空、電気電子、物理、化学、生物など様々な科学技術分野との、2つの分野を両輪とした異分野融合型の人材育成を加速させています。
このように、いわば、「専門×情報」という分野融合型の高度な理工系人材の育成は、本学においては、理工学部、大学院博士前期課程、後期課程を通じた、一貫した育成方針となっています。
本日、本学に入学された皆さん。ぜひ、このようなシステムのもと、世界で活躍する高度理工系人材の一員として育ってください。理工学部に入学したばかりの新入生諸君には少々、気が早すぎるかもしれませんが、是非、本学の魅力ある大学院への進学も考慮に入れて、本学での学びを頑張って頂きたいと思っております。
さてここからは、特に初めて大学に足を踏み入れたフレッシュマン・学部新入生の皆さんを念頭に、二日前に就任したばかりのフレッシュマン学長である私からの思いを幾つかお伝えしたいと思います。
申し上げたいことの一つ目は、友人についてです。皆さんは、幼稚園、小学校、中学校、高校などで多くの人と出会ってきたと思います。その中に、これからも末長く付き合っていくであろう、あなたの友人は何人いるでしょうか。大学を卒業して、社会人になってから知り合う人はもっと多いと思いますが、その中で、あなたの友人になる人は、はたして何人いるでしょうか。真の友人、生涯の友人の多くは、利害関係の無い大学生時代の出会いに始まります。振りかえってみると、私も今でも毎年やり取りしている約100通の年賀状のうち、だいたい1/3が大学時代からの友人です。 学科コースが同じ、アパートが同じ、バイト先が同じ、いろいろな出会いがあり得ます。サークル活動での出会いもあるでしょう。サークルの仲間は、体育系であれ文化系であれ趣味が同じです。おまけに、生活の場所も、年齢や時代も、大脳皮質の能力までもほぼ同じです。悩んだとき、困ったとき、親身になって相談にのってくれるのが友人です。そんな友人を、是非、大学生活を通じて、獲得してください。
本日申し上げたいことの二つ目は、卒業や修了までに、是非、理学と工学の両方のセンスを養ってほしいということです。
皆さんは、理学と工学、あるいは、科学と工学(つまり、サイエンスとエンジニアリング)の違いはなんでしょう?と問われたときに、明確に答えることができますか。工学といっても分野によって幅があるため、一概に言うことは難しい面もありますが、無理やり単純化すると、
「真理を追求するのが理学、実用化して社会の役にたてるのが工学」
と、まとめられるかもしれません。
理学というと、物理学・数学・天文学・化学・生物学のように、それを何かに利用しようというよりも、まずは未知への探求とか原理原則の追求がその根幹にあります。アカデミックな学者の本能というやつですね。もちろん、その結果得られたものが、世の中の役に立つことも少なくありませんし、それが理学の発展の原動力にもなります。また、目先の差し迫ったことだけではなく、長い先を見据えた優れた研究も多く行われています。皆さんが高校で学んできた理科や数学、さらに大学でこれから最初に学ぶ基礎的な科目は、このような先人達が集大成したものです。大学の理学部では、それをさらに発展・先鋭化させ追求することに主眼が置かれます。
それに対して工学では、直接私たちの生活の役に立つ「もの」を実現するための学問を追求します。と言っても、基礎的なものから応用的なものまで、工学も幅が広いので、基礎的な分野では理学とほとんど違いが無い場合もあります。また「もの」と言っても、必ずしもハードウェアとは限らず、最近はソフトウェアも増えています。しかし、理学との違いは、やはり何らかの形で身近なものに関連付けしやすいということがいえるかもしれません。
かつて、2002年頃だったでしょうか、小学校5年生の学習指導要領で、「円周率πを3.14ではなくて、3で計算することもOK」とされたことをめぐって、「ゆとり教育も、とうとうそこまで来たか」、との批判が、世の中の数学者から文部科学省に対して浴びせられたことがありました。でもわれわれ工学系人間の間では、πに3.1415…を代入してまじめに計算するよりも、ざっくり3と近似して計算して、瞬間的に大まかなイメージを掴むことの方が重要な場合もある!と概ね肯定的な反応でした。工学ではこの様に、大胆に近似してでも、まずは大まかな描像を把握する、いわゆる「オーダーエスティメーション」の手法が必要になる場合がよくあります。
一方、工学には逆の考え方が必要になる場合もあります。例えば、皆さんの良く知っている、プランク定数(h)や電子の電荷量(e)なども、理学の分野では「決まった数、定数だ!」と昔から割り切って扱ってきましたが、ではその値はいくらかというと、その精度はせいぜい8~9ケタ程度です。定数であることは、そう定義したので、間違いないのですが、そのもの凄く正確な値を、実はだれも知らなかったのです。でも実際の世の中ではこの正確な値が必要なので、何年かごとに世界中各国で実験して、その結果のばらつきの中から多数決で、とりあえず何年か毎にある推奨値にしましょうと決めていたのです。工学の分野では、この様な事がよくあります。どんな知識も数式も、そして定数も、世の中の役に立たなければ意味が無い! というわけですね。なお、さすがに数年ごとに定数の値がコロコロ変わるのは如何なものかということになって、ついに2019年5月に正確な定義定数が取り決められ、現在は、プランク定数がh= 6.62607015×10−34 Js 、電子電荷がe =1.60217634x10-19 C と定義されています。
このように理学と工学には若干の方向性の違いはありますが、それらの成果物である、「知見」や「もの」はいずれも、世の中においては「価値」とみなされるものです。本学理工学部は、社会に対して未来の「価値づくり」をする場でありたいと思っております。
申し上げたいことの三つ目は、是非、大学生活を通じて、見えないもの「概念」への興味を育んでほしいということです。
皆さんはどうして理工系の大学に進学しようと思いましたか?ご存知のように世間では、「理科離れ」「科学嫌い」が進んでいると、声高に言われ続けております。私の出身分野である電気電子工学系に関して言えば、卒業生の就職が非常に好調で、電気・電子・情報分野のみならず、その他の分野の企業からも引っ張りだこであるのに対して、高校生へのアピール度は今ひとつのようです。IT人気に沸いていたひと昔前と比較して、教員は皆、危機感を抱いています。どうしてこうなったか、という理由についてはいろいろな意見がありますが、皮肉なことに、ITの担い手であったコンピュータやスマートフォン、薄型テレビなどの情報機器が発達し、身の回りにあふれた存在になったことの影響もある様に思われます。ハイビジョンテレビやスマートフォンなどに代表されるこれらの機器は、目を通して、実に豊かな視覚情報を与えてくれ、年々、空間領域と時間領域のビット数・情報量が、すなわち画素数やスムーズな動きが増加しています。人間の脳のなかで、目からの視覚情報を扱う視覚神経の数は数百万本あり、耳からの音声情報を扱う聴覚神経よりもちょうど2桁多いといわれています。いわゆる、一次元と二次元の違いです。このような大量の視覚データが、生理学的には敏感期と呼ばれ脳神経が一番変化する時期である、若年期から青年期まで、若者に与えられ続けるとどうなるのか?まだ誰も知りません。もしかすると皆さんは、そのような洗礼を受けたサンプル世代なのかもしれません。
私は、「大量の画像情報を一方的に受け取ると、目に見えるものがすべてになって、見えないものへの興味が育たないのではないだろうか」と密かに危惧しています。皆さんは、電車のなかでスマホやゲームに取り組む代わりに、目を閉じて何かを考えることを楽しいと感じられますか?そのような脳の回路を鍛えることこそ、大学生活において非常に大切だと思うのです。工学の原点はものづくりにあり、目に見えて、手で触れることのできるものが対象であるはずですが、理工学における学問の基本は、人の脳の中にある見えないもの、すなわち「概念」にあります。電子工学で扱う電子を直接見た人はいないし、情報は概念そのものです。数式はその背後にある論理性に意味があります。これに対し、物体がより重要である対象、例えば、ロボットやロケットなどは受験生に人気があるようであり、若者世代の、目に見えるものへの志向性を示す例と思われます。
実は、脳は目に見えているものを見ているのではなく、見ようとするものだけを見ています。ほかに注意が向いていると、目の前のものに気がつかなかったりするのは、そのせいです。また、自分の記憶の中にある映像を投影して、現実の映像に重ねています。物体の一部しか見えないのに全体がわかったり、二次元の絵から三次元の形が見えたりします。脳はまた、大量の情報を忘れることができ、その中から必要なものだけを抽象化して、概念として記憶します。我々は、これらの高度な情報処理を脳の中で意識することなく、日々行っています。
このようなことを考えると、大学生活を通じて、大量の画像情報を取捨選択して、情報のエッセンスのみを概念へと転換するような脳の処理回路を鍛えることが、とても大切だと思えてきます。
青春は、人生に二度と繰り返すことはありません。その貴重な時間をフルに使って、一生の宝となる知識や経験とその活かし方を身につけ、そして脳の処理回路を鍛えて、後からこの時期を振り返って見て、「室蘭工業大学での時間が素晴らしかったな」と思えるような、大学生活となりますように祈っております。
以上、新入生の皆さんに私からの大学生活での心構えと期待を述べさせていただき、入学宣誓式の告辞とさせていただきます。
令和6年4月3日
室蘭工業大学長 松田 瑞史