研究ニュース

クモの天然接着剤はどのように固まるのか?― 独自開発の二次高調波発生顕微鏡で結晶化の瞬間を可視化 ―

室蘭工業大学の趙 越 准教授は、豊田工業大学の藤 貴夫 教授と協力し、クモの粘着糸に付着する天然接着剤の固化過程を二次高調波発生顕微鏡(SHG顕微鏡)で解析しました。
その結果、固化に伴って無機塩が結晶化し、規則的な結晶構造が形成されることを明らかにしました。
本研究成果は、クモの天然接着剤が湿度変化に応答する仕組みの解明に加え、生体材料の構造解析や新たなバイオマテリアル開発への応用が期待されるもので、令和8年7月6日に米国化学会(American Chemical Society)刊行の学術誌「Langmuir」の表紙に選出されました。

研究のポイント

  • クモの天然接着剤が湿度変化に伴って結晶化する様子を、二次高調波発生顕微鏡により可視化しました。
  • 二次高調波信号を利用することで、天然接着剤中に形成される無機塩結晶を選択的に検出できることを示しました。
  • クモの天然接着剤の湿度応答メカニズムの理解を深めるとともに、生体材料の非破壊構造解析への応用が期待されます。

研究の概要

円網を張るクモは、粘着糸に数珠状の天然接着剤(※1)を付着させることで昆虫を捕らえています。この天然接着剤は、高い粘着力と優れた環境適応性を兼ね備えており、新しいバイオマテリアルの手本として注目されています。しかし、その優れた機能を支える内部構造が湿度の変化によってどのように変化するのかは、これまで十分に分かっていませんでした。本研究では、二次高調波発生顕微鏡(※2)を用いて天然接着剤の内部構造を観察し、高速カメラ(※3)および走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)(※4)と組み合わせて解析しました。その結果、天然接着剤の固化に伴って無機塩が結晶化し、規則的な結晶構造が形成されることを明らかにしました。また、この結晶化は湿度変化による急速な脱水によって引き起こされることを示しました。本研究成果は、クモの天然接着剤が湿度に応答する仕組みの理解を深めるだけでなく、生体材料の構造解析や新たなバイオマテリアルの研究・開発への応用が期待されます。

研究の内容

クモが昆虫を捕らえる際には、粘着糸に付着した天然接着剤が獲物の表面に瞬時に広がり、高い接着力を発揮します。この天然接着剤は、湿度の変化によって性質が大きく変化することが知られていますが、その過程で内部にどのような構造変化が起こるのかは、これまで十分に分かっていませんでした。特に、天然接着剤内部で形成される無機塩の結晶構造を選択的に観察することは困難でした。

本研究では、研究グループが独自に開発した二次高調波発生顕微鏡を用いて、天然接着剤内部の構造変化を可視化しました。さらに、高速カメラにより天然接着剤が対象物表面へ広がる様子を観察し、走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)によって、形成された結晶の形状と元素分布を解析しました。

その結果、図1に示すように二次高調波信号は天然接着剤中のカリウム(K)、リン(P)、酸素(O)が局所的に集まった樹枝状結晶と一致し、その主要な起源がリン酸二水素カリウム(KH2PO4)の結晶であることを明らかにしました。また、天然接着剤では急速な脱水に伴って無機塩が結晶化し、樹枝状の規則的な結晶構造が形成されることを確認しました。これにより、湿度変化に応答して生じる天然接着剤内部の構造変化の一端が明らかとなりました。

本研究は、クモの天然接着剤が環境変化に応答する仕組みの理解を深めるとともに、二次高調波発生イメージングが、生体材料内部で生じる結晶化現象を非破壊・非標識で可視化できる有効な解析手法であることを示したものです。今後は、生体由来材料やソフトマテリアルなど、さまざまな材料の構造解析への応用が期待されます。

図1. クモの天然接着剤を二次高調波発生(SHG)顕微像および走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)により解析した結果。対象物へ接触した天然接着剤では、SHG信号を示す樹枝状の構造が観察された。SEM-EDSによる元素分析では、この構造にカリウム(K)、リン(P)、酸素(O)が局所的に集積しており、無機塩結晶の形成を示しています。

今後の展望

本研究で確立した二次高調波発生イメージングによる解析手法をさらに発展させることで、クモの天然接着剤だけでなく、生体材料やソフトマテリアル内部で生じる結晶化や構造変化を、その場で非破壊・非標識に可視化できる技術へと展開していきます。今後は、本手法をさまざまな材料へ応用し、環境変化に応答する微細構造の形成メカニズムの解明を目指します。

論文情報

論文名:Second-harmonic generation imaging of humidity-induced salt crystallization in spider aggregate glue

雑誌:Langmuir

著者名:Yue Zhao *, Takao Fuji (* 責任著者)

DOI:https://doi.org/10.1021/acs.langmuir.6c01881

研究助成

本研究は、科学研究費助成事業 (JP21K14556)の助成を受けて実施されました。

用語解説

※1 クモの粘着糸に付着する天然接着剤

クモの巣の捕獲糸に数珠状に形成される微小な天然の粘着液滴(aggregate glue droplets)です。主にタンパク質、水分、低分子化合物および無機塩から構成され、周囲の湿度に応じて粘性や物性が変化するという特徴を持っています。昆虫を効率よく捕らえるための重要な役割を担っており、生体由来の高機能材料として注目されています。

※2 二次高調波発生顕微鏡

反転対称性(中心対称性)を持たない構造にレーザー光を照射した際に、照射光の2倍の周波数(半分の波長)を持つ光が発生する非線形光学現象「二次高調波発生(Second-Harmonic Generation:SHG)」を利用した顕微鏡です。中心対称性を持たない結晶や規則的な分子配列から選択的に信号が得られるため、生体材料内部の規則的な構造を非破壊・非標識で可視化することができます。本研究では、超短パルスレーザーを光源とした研究グループ独自の顕微鏡システムを用いて、天然接着剤中に形成された無機塩結晶を選択的に観察しました。

※3 高速カメラ

1秒間に数百枚から数万枚以上の画像を連続して撮影できるカメラです。本研究では、1秒間に1,000枚の速度で撮影を行い、天然接着剤が対象物表面へ瞬時に広がる様子を詳細に観察しました。

※4 走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析(SEM-EDS)

電子顕微鏡で試料表面の微細な形状を観察するとともに、元素ごとに放出される特性X線を測定することで、試料を構成する元素の種類と分布を調べる分析手法です。本研究では、天然接着剤中に形成された結晶の元素組成を解析しました。

研究に関する問い合わせ 

室蘭工業大学 大学院工学研究科 准教授
趙 越
E-mail:zhaoyue@muroran-it.ac.jp

報道に関する問い合わせ

国立大学法人室蘭工業大学総務広報課秘書広報係
Tel:0143-46-5008
E-mail:koho@muroran-it.ac.jp