室蘭工業大学大学院工学研究科の小野頌太教授、電気通信大学の末元徹客員研究員(東京大学名誉教授)らの共同研究グループは、数百フェムト秒で金属が発光するメカニズムの解明について研究成果を発表いたしました。
室蘭工業大学大学院工学研究科の小野頌太教授、電気通信大学の末元徹客員研究員(東京大学名誉教授)らの共同研究グループは、15種類の金属に対する超高速発光分光実験を行い、スーパーコンピューターを活用した量子力学的計算および光学定数データベースを活用したモデル計算を行うことで、数百フェムト秒(1フェムト秒=10-15秒)の発光寿命と、数百倍の物質差異がある発光強度を説明することに成功しました。本成果を基盤として、金属発光の基礎的理解が発展し、新たなプラズモニック合金の応用研究などに繋がることが期待されます。
これらの研究成果は、1月27日に米国物理学会発行のPhysical Review B誌に掲載されました(責任著者:末元徹、小野頌太)。
本研究は、室蘭工業大学、電気通信大学、東京大学物性研究所の共同研究として実施されました。
発光ダイオード(LED)やレーザーなど、半導体を使った発光素子はその性能向上を目的として、世界中で研究開発が活発に行われています。物理学において「発光」とは、物質中の負の電荷をもつ「電子」と正の電荷を持つ「正孔(またはホール)」と呼ばれる粒子とが再結合することで生じる現象です。金属中では電子が自由運動することで、正孔の存在を瞬時に隠してしまうため、金属は光らないと考えられていました。
1969年に、寿命の長い特殊な正孔をつくることで、金(Au)や銅(Cu)などの貴金属も発光することが報告され、金属発光に関する研究が始まりました。さらに、2003年には、表面ナノ構造を持った貴金属で発光強度が増大すること、発光スペクトルの幅が近赤外領域まで広く伸びていることが報告され、この研究を端緒として貴金属以外の金属における発光の研究への道が開かれました。一方で、発光がどれくらいの時間持続するのか(発光寿命の問題)、光る金属と光らない金属の物質差異(発光強度の問題)については、20年以上の未解決問題となっていました。
本研究では、独自に開発した高感度フェムト秒発光分光法を用いて15種類の金属の発光を系統的に調べました(図1)。同時に、スーパーコンピューターを活用した量子力学的計算および光学定数データベースを活用したモデル計算を行い、発光寿命と発光強度を理論的に予測しました。理論予測は、数百フェムト秒(1フェムト秒=10-15秒)の発光寿命と、数百倍の物質差異がある発光強度に関する実験結果とよく一致し、世界で初めて様々な金属の超高速発光を統一的に説明すること成功しました。
本現象には、電子と正孔だけでなく、「フォノン」と呼ばれる格子振動の量子や、「表面プラズモンポラリトン」と呼ばれる金属表面上でのみ存在できる光と電子の複合粒子との複雑なエネルギーの授受が関与しています。本研究は、この複雑な現象の本質を抽出したモデルを考案し、発光寿命と発光強度を定量的に説明できることを示した点において、基礎科学の発展に大きく貢献する成果です。また、本モデルを合金の発光に応用することで、新たな発光素子の研究開発に発展するものと期待されます。
論文名:Comprehensive study of the luminescence properties of elemental metals
雑誌:Physical Review B
著者名:Tohru Suemoto*, Shota Ono**, Akifumi Asahara, Tsuyoshi Okuno, Takeshi Suzuki, Kozo Okazaki, Shuntaro Tani, and Yohei Kobayashi
URL:https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.111.035150
本研究は、科学研究費補助金基盤研究(C)「超高速発光分光法による金属研究の開拓」(代表:末元徹、研究課題:JP20K03823)による支援を受けて行われました。また、本研究の計算結果は、東京大学物性研究所スーパーコンピュータセンターと東北大学金属材料研究所計算材料学センターのスーパーコンピューティングシステムを活用して得られました。
※1フォノン
格子振動の量子。格子は原子が周期的に並んだものであり、原子の振動が集団的に伝わる現象を量子力学的に表す概念。本研究では、励起電子の余剰エネルギーがフォノン集団に流れるのにかかる時間が「発光寿命」であることが明らかになった。
※2 表面プラズモンポラリトン
金属表面を伝わる特殊な電磁波。「Surface Plasmon Polariton」の頭文字を取りSPPと略される。プラズモンとは、金属中の自由電子の集団振動を指し、ポラリトンは光と分極(ここではプラズモン)との相互作用により生じる混成波である。特に表面に沿って伝わるポラリトンを、表面プラズモンポラリトン(SPP)と呼ぶ。本研究では、SPPの寿命が長い金属では、「発光強度」が大きいことが明らかになった。
室蘭工業大学大学院工学研究科しくみ解明系領域 教授
小野 頌太
E-mail:shotaono@muroran-it.ac.jp
電気通信大学 客員研究員(東京大学 名誉教授)
末元 徹
E-mail:suemoto@issp.u-tokyo.ac.jp
国立大学法人室蘭工業大学総務広報課秘書広報係
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E-mail:koho@muroran-it.ac.jp